だいすき 北遠

  • だいすき!佐久間

    だいすき!春野

    だいすき!水窪

    だいすき!龍山

    だいすき!天竜

サーチ・検索

三遠南信 Feed

2017年2月16日 (木)

住民団体、連携促進へ 三遠南信サミット開幕 長野

 遠州と愛知県東三河、長野県南信州地域の市町村や経済団体などで構成する三遠南信地域連携ビジョン推進会議(SENA)主催の「第24回三遠南信サミット」が15日午前、長野県飯田市で始まった。三遠南信地域で活動する住民団体が、連携促進に向けて意見を交換した。

 特産品販売や文化振興に励む8団体の代表者が、活動の経過や今後の取り組みを報告した。浜松市のNPO法人「浜名湖クラブ」は、浜名湖周辺の観光や産業を発展させる施策として「陸上と水上を結び付ける交通ネットワーク作りを行っていきたい」と提案した。湖の東側にある天竜川を、信州と太平洋側の都市を最短でつなぐ“水上の道”として活用する必要性も訴えた。

 午後は、圏域の首長や議会議員、経済団体の代表者らが出席する。「“みち”がはぐくむ三遠南信の未来」をテーマに全体会や分科会を開き、成果をまとめた「サミット宣言」を発表する。(「静岡新聞」より)

 浜松の市街地から佐久間町浦川に行くには、国道152号、同473号で行くよりも、県道9号で行くよりも、三遠南信道を使い愛知県を回る方が時間の短縮になります。直虎ブームに沸く北区引佐町では、新東名を使ってやって来た愛知県ナンバーの車を見かけることが増加。

 名古屋発のクラブツーリズム、2月22日(水)、25日(土)の『100名城山城シリーズ 静岡編 初心者や女性におすすめ「丸子城跡」「犬居城跡」』も、3月12日(日)、26日(日)の『秋葉山 表参道歴史参りと天然温泉あらたまの湯』も「広域連携」。私もボランティアガイドとして参加します。

三遠南信サミットで宣言 18年度内に連合

◆市町村主体は初

 遠州(静岡県西部)と東三河(愛知県東部)、南信(長野県南部)の県境を越えた連携のあり方を議論する「三遠南信サミット2017in南信州」が15日、長野県飯田市で開かれた。2018年度内に、県境を越えた広域連合の設置を目指すことを宣言した。市町村主体の設置は全国初で、産業・文化的につながりが深い三地域の広域連合化に向けた動きが加速した。

 サミットは、3県の35市町村と経済団体などで構成する三遠南信地域連携ビジョン推進会議(SENA)が主催。SENA会長を務める浜松市の鈴木康友市長は「今の行政の枠組みは既に機能しなくなっている。産業や文化でつながる地域が、県境を越えて広域的な取り組みをしていくのは時代の要請ではないか」と述べた。

 広域連合では防災対策をはじめ、産業、林業、観光振興、移住定住促進などに取り組む。構成市町村の議会の承認などの手続きを経て、18年度内に国の認可を得たい考えだ。

 SENAは12年度のサミット宣言で、16年度をめどに広域連合を設置するとした。大規模な合併をした浜松市と、南信州広域連合をつくる南信に比べ、東三河は歩みが進まなかったが、15年に東三河広域連合が誕生。鈴木市長は計画が2年ずれたことについて「まずは東三河の結成を優先させた」と説明した。

 現在のSENAは行政と経済団体の集まりで、法的な意味づけはない。鈴木市長はサミットについて「情報交換や交流の場といった仲良しクラブ的な時代も続いてきた」と表現。「いよいよこの枠組みに正当性が出てきたのではないか。実体をつくっていく新たなステップに入った」と力を込めた。

 飯田市の牧野光朗市長は「ここ数年で国全体が広域連合を後押しするようになってきたのが大きい」と分析。愛知県豊橋市の佐原光一市長は「県境を越えて経済や文化の交流があった地域が一緒に取り組むのはごく自然の成り行き。それを国が応援するのが正しい方向だということを多くの人が理解し始めた」と語った。

 宣言には、三遠南信自動車道の早期全線開通に向けた提言活動を進めることや、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」を活用した交流人口の拡大、大学や企業と連携した人材育成などが盛り込まれた。(「中日新聞」より)

 それぞれの地域の地理的な中心で暮らす人には、周辺で暮らす人たちの生活エリアが想像しにくいかも知れませんが、三遠南信にこだわらず、隣接する地域との連携は絶対に必要です。

2017年2月 7日 (火)

2年ぶりの再会、春の妖精セツブンソウ

Setsubunso2

 昨年(2016)は骨折による入院のため、春の妖精セツブンソウの花をこの目で確かめることができませんでしたので、今年こそと思い立ち、出かけて来ました。

Setsubunso1

 ところが、北遠のセツブンソウと出会うことができず、県境を超してお隣リの愛知県へ。咲いているのは分かり切っている石雲寺はやめて、東栄町の道端でカシャ!

 北遠のセツブンソウとは、改めて再会したいと思っています。

 【関連記事】「節分草」―咲き始めました。
 【関連記事】「セツブンソウ」が見当たらない!どうして?
 【関連記事】「キクザキイチゲ」と「アズマイチゲ」
 【関連記事】「セツブンソウ、アズイチゲ、キーアマナの群生地 採集しないで下さい。」
 ●「ここは『きれいな花』の咲くところです。ゴミを捨てないで」・・・
 【関連記事】佐久間の「節分草」開花しました!
 【関連記事】ニホンジカの糞・イノシシの足跡と節分草
 【関連記事】「セツブンソウ」かれんに 天竜区佐久間
 【関連記事】「節分草」から「アズマイチゲ」「ニリンソウ」に花のリレー
 【関連記事】柏古瀬の「ニリンソウ」と「キクザキイチゲ」
 【関連記事】春の儚いもの―陽射しを浴びる「ニリンソウ」
 【関連記事】春だけの出会い―佐久間の「ニリンソウ」と「カタクリ」
 【関連記事】「セツブンソウ」はまだか?自生地に残されたシカの足跡と糞
 【関連記事】石雲寺の節分草が開花しました。
 【関連記事】2011年―北遠・佐久間のセツブンソウはまだ!
 【関連記事】“Setsubun-so” by The Japan Times
 ●「この雪で また咲き渋る セツブンソウ」・・・
 【関連記事】2011年2月19日、佐久間のセツブンソウついに開花!
 【関連記事】柏古瀬のセツブンソウも開花!
 【関連記事】この時期だけの出会い―スプリング・エフェメラル「節分草」
 【関連記事】咲き競う春の花「セツブンソウ」
 【関連記事】春を告げる黄色い花の競演―「黄花節分草」と「福寿草」
 【関連記事】咲き競う春の花「セツブンソウ」
 【関連記事】2012年、佐久間の「セツブンソウ」はまだ?
 【関連記事】佐久間観光協会さんから「節分草」の写真が届きました。
 【関連記事】2012年春の使者―上市場のセツブンソウ
 【関連記事】2012年、佐久間の「セツブンソウ」見頃です。
 【関連記事】水彩で描かれた妖精のような花「セツブンソウ」
 【関連記事】お見舞い画像!―佐久間のセツブンソウ

2017年1月19日 (木)

豊川稲荷に初詣⑥―酉の年

 さて、お帰り前には門前町「豊川いなり表参道」での「酉」探し。土産物には狐ゆかりの品が多い商店街ですが、年明け早々のこの時期には干支の商品も並んでいました。

Toyokawa1 Toyokawa2
Toyokawa3 Toyokawa4

Kanban3 置物だったり、土鈴だったりとその種類はいろいろですが、一番気になったのは「金鳥かとりせんこう」のホーロー看板。美空ひばりが缶入りの香取線香をにこやかに紹介しています。

 「金鳥の夏、日本の夏」のキャッチコピーで人気となった美空ひばりのCMがテレビで流されるようになったのは昭和42年(1967)のこと。考えてみれば、美空ひばりの「ひばり」、雲雀(ヒバリ)もかつては身近に見ることができた野鳥でした。

 それが近頃ではレトロな鳥となってしまい、滅多に声も聴けず姿も見られなくなってしまいました。

 いつか、干支の動物たちもゴジラやポケモンに置き換えられるようになってしまうかも知れません。現代の十二支を集めるとしたら、何になるんでしょうか??

 【関連記事】豊川稲荷に初詣①―鳥居が立つ寺
 【関連記事】豊川稲荷に初詣②―巨大門松
 【関連記事】豊川稲荷に初詣③―お稲荷さん
 【関連記事】豊川稲荷に初詣④―柏手は要る?要らない?
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑤―なつかし青春商店街

 【関連記事】懐かしい「キンチョール」のホーロー看板
 【関連記事】金鳥+キンチョールのホーロー看板
 【関連記事】ポンプ式虫除け剤「キンチョウスカイローション」のホーロー看板
 【関連記事】「金鳥」「キンチョール」の琺瑯看板
 【関連記事】ギフチョウに逢いに枯山へ⑪―金鳥のホーロー看板
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―金鳥・キンチョールの看板

2017年1月18日 (水)

豊川稲荷に初詣⑤―なつかし青春商店街

Monzen

 豊川稲荷の門前町「豊川いなり表参道」は、「なつかし青春商店街」として人気を集めています。

 実は、私にとっても豊川は懐かしい町。私の父は南支戦線から帰還して豊川海軍工廠に勤め、昭和20年(1945)8月7日の空襲に遭って命からがら下地町の実家まで逃げ帰った経験もあり、子どもの頃には豊川にしばしば出かけていました。

 今回は海軍工廠跡を訪ねることはできませんでしたが、昭和のまま時間が停止してしまったかのような商店街は、亡き父の面影と重なります。

Kanban1 Kanban2

 店の外壁には、レトロなホーロー看板も。時代に取り残された街並みが、昭和を懐かしむレトロブームよって蘇り、若い世代にも好評なようです。

 【関連記事】豊川稲荷に初詣①―鳥居が立つ寺
 【関連記事】豊川稲荷に初詣②―巨大門松
 【関連記事】豊川稲荷に初詣③―お稲荷さん
 【関連記事】豊川稲荷に初詣④―柏手は要る?要らない?
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑥―酉の年

2017年1月17日 (火)

豊川稲荷に初詣④―柏手は要る?要らない?

Toyokawainari1

 「本日は豊川稲荷を参拝していただき、本当にありがとうございます。境内は大変混み合っています。本殿正面からお参りしたい気持ちは分かりますが、向かって右側の方が空いていますので、出来るだけ右へ右へとお回りください」と拡声器を手にした誘導員の声が響きます。これはまるでDJポリスみたい。

 時間をかけて少しずつ進み、賽銭箱の前まで来ましたが、さて、ここでの参拝はどうしたもんでしょう?つまり、二礼二拍手一礼と柏手を打つべきか?それとも、あくまでも寺なのだから手を合わせるだけにすべきか?

 答えは、あまり気にしないことです。神社の参拝作法を「二礼二拍手一礼(二拝二拍手一拝)」としたのだって、どうせ誰かが決めたこと。昔は、そんなに厳密なことは言われていなかったようです。

 柏手は要る?要らない?―どっちでもいいんじゃない?豊川稲荷本殿にも、時折大きな柏手の音が響いていました。

 【関連記事】豊川稲荷に初詣①―鳥居が立つ寺
 【関連記事】豊川稲荷に初詣②―巨大門松
 【関連記事】豊川稲荷に初詣③―お稲荷さん
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑤―なつかし青春商店街
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑥―酉の年

2017年1月16日 (月)

豊川稲荷に初詣③―お稲荷さん

Kitsune1

 豊川稲荷は日本三大稲荷の1つに数えられる有名な「お稲荷さん」。でも、京都の伏見稲荷や佐賀の祐徳稲荷はどちらも神社ですが、豊川稲荷はお寺なんです。

Kitsune2

 元々「お稲荷さん」は穀物・農業の神。狐はその眷属ですが、狐は穀物を食い荒らすネズミを捕食することから「お稲荷さん」と「お狐さん」が同一視され、五穀豊穣がいつの間にか商売繁盛へと拡大し、江戸時代には全国各地に「お稲荷さん」が勧請されるブームとなりました。

Inarizushi

 そして、油揚げに酢飯を詰めた鮨も「お稲荷さん」と呼ばれ、私も門前そば山彦さんで「いなほ寿し」を買ってしまいましたが、狐が油揚げを好きだというのも俗信。でも、何を買って帰るかと言えば、やっぱりコレでしょう。

 【関連記事】豊川稲荷に初詣①―鳥居が立つ寺
 【関連記事】豊川稲荷に初詣②―巨大門松
 【関連記事】豊川稲荷に初詣④―柏手は要る?要らない?
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑤―なつかし青春商店街
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑥―酉の年

2017年1月15日 (日)

豊川稲荷に初詣②―巨大門松

Soumon

 豊川稲荷は、あくまでも曹洞宗妙厳寺(みょうごんじ)の鎮守。・・・ですが、入口の総門脇には「豊川稲荷」と刻まれた石柱が立ち、総門の幕には「抱き稲」紋が描かれています。

 総門の前には左右に1対の門松が。その形は北遠で見かけたものと大差ありませんが、大きさは比べものになりません。隣を歩く女性の身長と比べていただければ、その高さが想像できると思います。

Kadomatsu

 背の高い竹は太さも太く、縄による結びは上から下へと縁起を担いだ七五三。どこかに狐らしさが見られないかと探してみましたが、特にその演出は見られず、後ろに回っても太い尻尾はありません。

 総門をくぐると正面に妙厳寺法堂があるのですが、参拝客の流れは左へ左へ。豊川稲荷本殿があるのは、正面左手になります。

 【関連記事】豊川稲荷に初詣①―鳥居が立つ寺
 【関連記事】豊川稲荷に初詣③―お稲荷さん
 【関連記事】豊川稲荷に初詣④―柏手は要る?要らない?
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑤―なつかし青春商店街
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑥―酉の年

2017年1月14日 (土)

豊川稲荷に初詣①―鳥居が立つ寺

Torii

 1月9日、豊川稲荷に初詣に出かけました。

 豊川稲荷を訪ねたのは久しぶり。三が日はとうに過ぎた9日でしたが、「成人の日」の祝日でしたので、国道151号を左折する辺りからの道は大混雑していました。

 車を市営駐車場に止めて人で溢れかえる門前町を通り、唐破風入母屋造の総門を抜けると屋台店が立ち並ぶ境内には、れっきとした曹洞宗の妙厳寺(みょうごんじ)であるのも関わらず大きな鳥居が立ち、まるで神社みたいです。

 妙厳寺の稲荷、吒枳尼真天(だきにしんてん)は、あくまでも境内の鎮守として祀られていたもの。鳥居は明治4年(1871)の神仏分離令により一旦は撤去されたのですが、「お稲荷さん」として有名になってしまい、戦後に再建されたのだそうです。

 つまり、豊川稲荷とはあくまでも通称。でも、妙厳寺の名は知らなくても、豊川稲荷を知らない人はいませんね。

 【関連記事】豊川稲荷に初詣②―巨大門松
 【関連記事】豊川稲荷に初詣③―お稲荷さん
 【関連記事】豊川稲荷に初詣④―柏手は要る?要らない?
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑤―なつかし青春商店街
 【関連記事】豊川稲荷に初詣⑥―酉の年

 【関連記事】鳥居をくぐって入る「大光寺」

2016年12月19日 (月)

北遠の「酉」を探せ!―鳳来寺門前町の「酉」

Houraiji

 これも今年(2016)6月に三河の鳳来寺を訪れた時に撮影した「酉」。「梅雨晴れの奥三河を訪ねて⑦」で紹介した通り、登拝口から石段までの約1.2キロの鳳来寺参道には、十二支を彫った石の道標が100メートルごとに建てられています。

 「子」に始まり「亥」で終わる十二支の10番目が「酉」。刻を告げる雄鶏の石像に刻まれている「石段まで300M」の文字が、登拝者の道しるべになります。

 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―天竜森林組合の干支の置物
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―玖延寺十二支像の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―「秋の蔵シック」の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―「天竜産業観光まつり」で見た「来年はトリ年です。」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―酉の市
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―コメリのマーク
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―野鶏頭と細葉蔓野鶏頭
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―金鳥・キンチョールの看板
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―川合花の舞の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―淡海國玉神社の親子鶏
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―普門寺弁財天堂の親子鶏
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―「ブレーメンのおんがくたい」の鶏
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―泰蔵院庚申塔の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―水窪半島庚申塔の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―平出宇蔵作鏝絵の「牡丹と鶏」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―佐久間図書館の「酉」の折り紙
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―水窪向市場庚申塔の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―常滑陶器の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―秋葉神社の神輿
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―常滑やきもの散歩道の鶏?
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―実家にあった陶器の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―高木の常夜燈の親子鶏
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―医王寺山門の親子鶏
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―家康を救った満光寺の鶏
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―庚申寺山門の鶏
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―三立木材の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―切り絵の「酉」
 【関連記事】北遠の「酉」を探せ!―開運厄除根付

 【関連記事】梅雨晴れの奥三河を訪ねて⑦―鳳来寺門前町の出桁造り

天竜川・そまびとの会

天気予報