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2017年2月19日 (日)

古い絵葉書「北部遠州出土 石器時代遺蹟遺物繪葉書」④―土器

石器時代出土遺物

Hanbaiseki7 Hanbaiseki5

●音も高く名も高き遠州天龍川沿岸の半場遺蹟より出土せる土器破片の樣々にして浮文のものあり一見して當時の技巧のあと明確にうかがはれ研究の深み行くにつれ興味横溢せり(愛郷二葉會發行)

●遠州淺間山麓の天龍河によつてつきんとするところ半場遺蹟あり上圖は當遺蹟より出土せる繩文土器の破片にして底部に葉文のものあり殊に上より二段目右より二番目の如く殊更に朱文の付したるものもありこれによりてこの地に於ける先住民族の大体を知るを得べし(愛郷二葉會發行)

 残りのこの2枚で「北部遠州出土 石器時代遺蹟遺物繪葉書」はすべて。以前は、平沢の「さくま郷土遺産保存館」で展示されていた出土品の一部は浜松市博物館に移転収蔵されていますが、その他の出土物については佐久間協働センターに保管され、展示再開の時期は未定。

 近い将来、再び日の目を見ることを期待しています。

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2017年2月18日 (土)

古い絵葉書「北部遠州出土 石器時代遺蹟遺物繪葉書」③―石器

石器時代遺物

Hanbaiseki6 Hanbaiseki8 Hanbaiseki9

●北遠最北半場遺蹟より出土せる石器時代の遺物なり下より二段大型の石臼を初め他はいづれも稀に見る珍品の數々にしてあまねく天下に公表して一般の研究の資とせんとするものである(愛郷二葉會發行)

●天龍川の淸流にのぞめる北遠半場遺蹟より新たに出土せる石器數百箇中の一部にして一見大古の面影を忍ぶに足るものなり
寫真下段右より
 四本 石劔 磨製
 他は磨製打製局部磨製の石斧なり
石材
 全部當地産出の緑泥片岩(愛郷二葉會發行)

●遠州最北天龍川にのぞめる半場遺蹟より出土せる遺物の一部なり
1 石 劔
2 石 棒
3 石 槍
4 石 斧
5 石棒下頭
6 乳 棒
7 石 錘
8 定角式磨石斧
9 石包丁
10 石 斧
11 石 鏃
12 石 匙
13 石 錘
14 石 冠
15 石槍破片
16 石 匙
17 石 斧
18 石 斧(愛郷二葉會發行)

Hanbaiseki10

 半場遺跡から出土したのは、配石遺構と石器、土器。絵葉書に紹介されている出土品はいずれも「石器時代遺物」と題されていますが、今回紹介する3枚が石器の写真です。

 右の写真は絵葉書に押してあったスタンプ石器時代遺物見學記念」とあります。

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2017年2月17日 (金)

古い絵葉書「北部遠州出土 石器時代遺蹟遺物繪葉書」②―昭和八年五月十三日出土

Hanbaiseki4

先住民族居住跡敷石帯の一部、天龍川沿岸北遠半場遺蹟より出土せる敷石帯の一部にして長さ七◦八米 幅二米あり殘部は鐵道プラットホーム豫定地中に殘存せらるるものと推定せらる
概況
石質  花崗岩
石形  大石 二個
   長さ八十五糎
   幅 四十五糎
大部分は徑二十五糎乃至三十糎の圓形石である
昭和八年五月十三日出土(愛郷二葉會發行)

 半場遺跡が発見されたのは、絵葉書の解説にあるように、昭和8年(1933)、現在のJR飯田線の前身となる三信鉄道「中部天竜」駅の工事中のこと。丸い石を敷き詰めた遺構が見つかったのをきっかけに、石器や土器が次々と発見されました。

 この配石遺構については、住宅の敷石跡とも考えられていましたが、柱の礎石に当たると思われる石が見当たらないことから、山や岩を御神体とした原始的な神社遺構の可能性が高いと考えられるに到っています。

Hanbaiseki3

石器時代出土遺物、遠州も將につきんとし三信の山河眼前にせまる天龍沿岸半場遺跡より初めて出土せる遺物なり、我國最古の土器類より古墳時代の土器類にして當時の代表的貴重品たり、一見當時の技巧のあとも知らるべし

向つて右より縄文土器、無文、一、二、他は古墳時代のもの(愛郷二葉會發行)

 出土した石器類が新石器時代のものだったとしても、縄文時代、弥生時代、古墳時代の土器も出土しているとなれば、かなり長い間、天竜川の流路に近い場所に、人々の暮らしの場があったことになります。

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2017年2月16日 (木)

古い絵葉書「北部遠州出土 石器時代遺蹟遺物繪葉書」①―考古學資料

Hanbaiseki1

 次に紹介する古い絵葉書は「北部遠州出土 石器時代遺蹟遺物繪葉書」と題する「靜岡懸磐田郡佐久間村半場 愛郷二葉會發行」の8枚組。「考古學資料」とも記された貴重な写真が印刷されています。

 半場遺跡は、1933年(昭和8年5月)に三信鉄道(飯田線の前身)中部天竜駅建設工事の中で発見されました。
 出土した土器・石器・敷石住居祉・石だたみ・井戸状敷石・土偶、埋葬墓地などから、縄文時代中期初頭から弥生時代後期の長期間にわたり、ここに人々の生活が営まれていたことがわかりました。
 そして土器は、関東系、中部山地系、東海系のものから、遠く東北系や関西系のものが複雑に混り合っています。
 これは、この地域が中部山地圈と東海地域圈の境界に位置し、矢作川、豊川、天竜川を介して両地域間の交流点にあること、そしてそのルートは遠く東北地方や関西方面にまで通じていたことを物語っています。佐久間町教育委員会

Hanbaiseki2

 これは、現在JR飯田線「中部天竜」駅ホームに建てられた看板の解説文。半場遺跡は、三信鉄道工事の過程で発見されました。

 最初に紹介する1枚には「石器時代出土遺物 流れも清き天龍沿岸住む人の心も清き遠州半場遺蹟全望にして今回遺蹟の出土せるは四人の立てる一帯の地域なりこの地點は今三信鐵道敷設工事中なれども近き将来に於ては同鐵道主要驛たり」の解説文が添えられています。

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2017年2月15日 (水)

古い絵葉書「飯田線中部天竜大嵐間線路付替開通紀念」④―水窪川城西橋梁、天竜川橋梁

Iidasen8

 「付替工事の特色」としては、さらに「経過地の大部分が土木工事上最も悪い地質とされる結晶片岩地帯であり、花崗岩地帯に属するのは僅か4粁に過ぎない。花崗岩地帯も断層が多く、諸所に片麻岩が介在し地質良好とはいゝ難い。」と記しています。

 その最たるものが第6水窪川橋梁。絵葉書では「水窪川城西橋梁」とされているこの鉄橋は、一旦水窪川を渡り向皆外トンネルを抜ける予定ルートを、脆く崩れやすい地質に妨げられ、結局は鉄橋で迂回するルートが選択され、やむなく通称「渡らずの鉄橋」と呼ばれている名物鉄橋となったのです。

Iidasen7

 「天竜川橋梁」は、「中部天竜」駅から旧鉄橋を渡り、「豊根口」駅へと抜けていたトンネルを廃止し、新設の「佐久間」駅へと天竜川を渡るために架け替えられた鉄橋。佐久間発電所そばにあり、歩行者と自転車専用の側道が付いていますので、飯田線列車が通る線路脇を歩くことができる鉄橋です。

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2017年2月14日 (火)

古い絵葉書「飯田線中部天竜大嵐間線路付替開通紀念」③―峯ずい道、大原ずい道

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 袋の表紙には、「11ブームドリルジャンボー」と「テレスコピックスチールホーム」の写真が。ともに、トンネル工事に使用される機械。ドリルジャンボはトンネル掘削機、スチールフォームは掘られたトンネル内側をコンクリートで固めるための型枠機械です。

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 「付替工事の特色」として「ずい道橋りようが多く、その延長は全長の67%を占めている。この中には国鉄第4位の大原、第8位の峯等の長大ずい道・・・」とあり、当初の予定工期が38ヶ月だった大原トンネルは「全断面工法」を採用することにより、22ヶ月で完成することができました。

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 「全断面工法」とは、小さな穴を次第に大きく掘るそれまでの工法ではなく、設計通りの穴の大きさを一気に掘削する工法。その工法に必要だった機械が「11ブームドリルジャンボー」や「テレスコピックスチールホーム」だったのです。

Iidasen5

 飯田線のトンネルと言えば、旧三信鉄道時代にアイヌの測量技師・川村カネトが携わった、日本の鉄道工事史上で最難関と言われる工事が思い出されます。20年後には近代的な工法と専用機械が導入され、グンと能率が上がったようです。

 「㐧ニ相月トンネルより㐧三相月トンネル及び横吹トンネルを眺む」と「㐧一大原トンネルより大原駅を眺む」は、開通当時のトンネルの写真。もちろん、古い絵葉書「飯田線中部天竜大嵐間線路付替開通紀念」の中の2枚です。

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2017年2月13日 (月)

古い絵葉書「飯田線中部天竜大嵐間線路付替開通紀念」②―線路平面略図と飯田線水窪駅遠望

Iidasen3

 線路付替えは、飯田線が通るようになった水窪にとっては願ってもないこと。袋内側に印刷された「飯田線中部天竜大嵐間線路平面略図」の通り、総延長「18k165m34」の軌道上に、「相月」「城西」「向市場」「水窪」の4駅が新設されました。

 袋に印刷された情報によれば、当時の駅はいずれも「停車場」と呼ばれ、4駅のうち「相月」と「向市場」は「簡易」となっています。

Iidasen4

 「付替工事の特色」として「工事費の総額は電化設備費をも含めて約53億円であり、1粁当り2億9千万円に達している。これは最近の建設線の中地形上特に多額の工費を要しているものと比較して、2倍以上となっている。」と記されているのは、佐久間、水窪の山間地ルートをトンネルと鉄橋とで切り開いたから。

 その金額は、佐久間ダム総工事費の6分の1に当たると言われています。

 また、「飯田線中部天竜大嵐間線路平面略図」を拡大してみると、佐久間ダム湖に水没した「とよねぐち」「てんりうやまむろ」「しらなみ」の3駅と、その間の路線も描かれています。

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2017年2月12日 (日)

古い絵葉書「飯田線中部天竜大嵐間線路付替開通紀念」①―位置図

Iidasen1

 古い絵葉書「日本一 佐久間ダム」の次は、佐久間ダム建設工事により、ルート変更を余儀なくされた「飯田線中部天竜大嵐間線路付替開通紀念」の絵葉書(国有鉄道飯田線工事事務所発行)を紹介します。

 モノクロ写真が印刷された絵葉書は5枚。もったいを付けるようですが、絵葉書の前に袋を紹介することにします。

Iidasen2

 飯田線の付替え工事が完了し開通したのは、表紙にあるように「1955.11.11」。昭和31年(1956)10月竣工の佐久間ダムにより水没することになった区間のルート変更を強いられたことによる止むを得ない工事でした。

 新ルートは「位置図」の通り、「中部天竜」駅で天竜川左岸から東に大きく逸れて水窪川に沿って北上し、水窪から西に進路を採り、「大嵐」駅で再び元の軌道に合流。「中部天竜」と「大嵐」の2駅は若干位置を移動することになりました。

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2017年2月11日 (土)

古い絵葉書「日本一 佐久間ダム」③―日本一を誇る天龍川佐久間発電所

Sakumadam12

 「日本一 佐久間ダム 天龍川の偉観 SAKUMA-DAM」10枚組絵葉書のうちの8枚は「天龍川に工事中の日本一発電所佐久間ダム」と題されているように工事中の写真ですが、2枚だけは「日本一を誇る天龍川佐久間発電所」と完成後の写真です。

 1枚は「ダム堰堤正面の偉容高さ150M」と題され、もう1枚は「35万K.W.出力を有する発電機の偉容」。現在では、佐久間ダム堰堤の高さは9位、総貯水容量は8位ですが、佐久間ダム完成当時に遡れば、当然ですが「日本一」。

Sakumadam11

 繰り返される「偉容」とは、仰ぎ見るほどの優れて立派な姿の意味ですが、「日本一」の高さを誇った佐久間ダムにぴったりの形容。

 ワクワクしながら佐久間ダム見学に訪れたことがある人は多いはず。そんな「あの頃」に帰り、佐久間ダムを訪れてみませんか?当時最新の土木技術で建設された巨大な堰堤は、落成後60年を経過しても、なお「偉容」を誇って聳えています。

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2017年2月10日 (金)

古い絵葉書「日本一 佐久間ダム」②―天龍川に工事中の日本一発電所佐久間ダム

 古い絵葉書「日本一 佐久間ダム」の興味深い点は、完成した巨大人工物よりも、戦後の復興期、日本の土木史の「金字塔」とも言われる土木構造物が、日本の技術で完成した点をアピールする「工事中」の写真を集めていること。

Sakumadam4 ダム下流の工事現場 Sakumadam5 上流より見たる堰堤放水口
Sakumadam6正面より見たる第二次締め切り後のダム(高さ150メートル) Sakumadam7 展望台よりダム及び右方バッチャープラントの偉容
Sakumadam8 第二次締め切りによる湛水(左方は取水口) Sakumadam9 変圧器(一台の容量93,000KVA)
        

Sakumadam10

 これらの写真に写されているダム堰堤工事以外にも、天竜川の水を迂回させる排水路トンネルの難工事もあり、大型重機や工事車両が通る道路やトンネルなどの工事を含め、着工からわずか3年で完成した佐久間ダムの大工事は、完成した堰堤よりも、むしろ工事そのものが注目されていた時代の雰囲気が窺われます。

 この工事に携わったのは、アメリカ合衆国のアトキンソン社と日本の間組、熊谷組による国際JV。大型重機を使った工事をアトキンソン社、ダム本体工事を間組、発電所工事を熊谷組が分担して担当することにより、土木の最新技術が日本人技術者に伝えられ、佐久間ダム工事以後、急速に日本国内で普及することになりました。

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