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2017年3月11日 (土)

天竜の石鳥居を追って②―山東八幡神社の石鳥居

Yamahigashi1

 再建のために解体された山東八幡神社ですが、石鳥居は元の場所に立っています。

 以前「山東八幡神社を訪ねて①」でも紹介した、内山真龍資料館で展示されていた古文書をもう一度紹介すると・・・

御注文請證文之叓
一 石鳥居 柱三尺弐寸廻り 笠分壱丈
   同燈籠    但無臺上より
           惣高さ五尺
    代金三拾六両也
右者此度岡崎見影石ニ而前書之御注文被成下書面之通代金三拾六両来代ニ而御差引慥ニ受取申候處実証也然上者當十二月迄ニ其地川口村迄此方ニ而御届ケ可申上候右代金ニ而外之入用等一切相掛り不申候間石屋引請證文差上申候処相違無御座候若又海上如何様成儀御座候共我等御引請申候上者此方ニ而損毛致其御方江少も御世話懸申間敷候為後日證人加判依而如件
  文政五戌六月
             引請人 掛塚村 丈左衛門
             證人  伊三郎
  山東村
    八左衛門殿
    氏子中

Kaketsuka

 つまり、文政5年(1822)6月に、山東の神社の石鳥居と燈籠とを岡崎へ発注したとする文書です。残念ながら、山東八幡神社の石鳥居には建立年を刻んだ文字は見当たりませんが、おそらくこの石鳥居が文書に書かれたものと同一の鳥居。形は渡ヶ島諏訪神社と同じ明神鳥居です。

Yamahigashi4

 渡ヶ島諏訪神社の石鳥居には慶応3年(1867)と刻まれていますので、山東八幡神社の石鳥居の方が45年前の建立。

 「掛塚村 丈左衛門」については、美濃や伊勢の年貢米を江戸へと運んだ廻船問屋であることは分かりましたが、屋号や子孫については不明です。

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