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2016年7月21日 (木)

直虎ゆかりの地を訪ねる④―井伊氏歴代墓所

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 龍潭寺は、始祖藤原(井伊)共保以来、井伊家の菩提寺です。

 菩提寺とは先祖代々の墓があり、位牌をお祀りしているところ。龍潭寺の一画に、井伊氏歴代墓所があります。

 解説看板によれば・・・

 井の国を本拠としてきた井伊氏は、平安時代より室町時代まで、遠江の代表的国人領主として西遠地方を治めてきました。井伊介を名乗り鎌倉幕府に仕え、南朝方の皇子宗良親王を迎え、北朝軍と戦いました。室町時代今川軍が遠江に侵攻しますと、敢然と立ち向かいましたが敗れました。

 戦国時代に入った井伊家は受難の連続でした。今川義元に従って出陣した井伊家の当主二十二台直盛は桶狭間で戦死。永禄五年には養子直親が今川の手で殺害されます。やむなく龍潭寺和尚は直盛の娘、井伊直虎(次郎法師)を「女性地頭」に立て、井伊家の急場をしのぎます。

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 永禄十一年徳川家康が遠州に侵攻、井伊領を押領した家老を追放し井伊谷を平定します。天正三年井伊家二十四代直政が浜松城で家康に仕え、見事に井伊家を再興しました。

 この墓所には、こうした井伊氏元祖共保より六百年の歴史が静かに眠っています。

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 正面向かって右が共保、左が直盛の墓。直虎の墓は、左奥から2基目、1番手前が直政の墓です。

 拝観できなかった小堀遠州作「龍潭寺庭園」は、「新・浜松の自然100選」に選ばれています。佐口行正氏所蔵の古い絵葉書「(遠州井伊谷龍潭寺)小堀遠江守築庭」で見ておくことにしましょう。

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