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2016年6月

2016年6月30日 (木)

スカイプで交流授業 7月討論会 佐久間小⇔城西小

Skype

 浜松市天竜区佐久間町の市立佐久間小と城西小は29日、インターネットのテレビ電話サービス「スカイプ」を使って交流授業を行い、7月1日に佐久間小で行う合同学級討論会の打ち合わせをした。

 テーマは「住むなら、田舎より都会がいい」。城西小では、佐久間小の児童の姿が映像で映し出されると、手を振ったり声を掛け合ったりして、テレビ電話を通じて会話を楽しんだ。

 打ち合わせでは、両校の児童は肯定と否定、聞き手の三つのグループに分かれて、テーマに基づき意見をまとめたり質問内容を話し合ったりした。

 討論会は国語の授業の一環。2校の5、6年生計16人が参加する。城西小6年の向坂優治君(12)は「佐久間の子たちが同じ教室にいたように感じた。しっかり話し合うことができたので、7月1日の授業も楽しみ」と話した。

 2校は今後も、テレビ電話サービスを使った交流授業を行っていく予定。(「静岡新聞」より)

 我が家でも、東京の孫たちとはスカイプで顔を見ながら話をしています。観光協会の問合せにも、ぜひ、スカイプを利用してください。

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ドローン活用 環境整備着手 浜松市が中山間地振興

 浜松市は本年度、市内の中山間地域での小型無人機「ドローン」活用に向けた環境整備に取り組む。手始めに7月26日、同市天竜区で関係者の連携促進などを目的とした「浜松ドローンイノベーション会議」を開催し、本格的な検討を始める。

 ドローンは、輸送、土木、建築、災害、医療、農林業などさまざまな分野での活用が期待されている。ただ、昨年の航空法改正に伴って都市部での飛行が原則禁止になり、訓練や研究を行う場所が不足しているという。

 市はこうした状況を受けて、飛行禁止区域の対象外となる市内の中山間地域をアピールし、安全に研究、活用できる場所の情報提供などを目指す。市民協働・地域政策課の担当者は「中山間地域の振興に結び付けたい」と話している。

 会議では専門家による基調講演や、建設事業者、空撮事業者らを交えたパネル討論を通じ、ドローン活用の可能性を探る。(「静岡新聞」より)

 ドローンの飛行が許可になるなら、見てみたい所、やってみたいことがあります。あなたには、どんなアイデアがありますか?

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光明電気鉄道の面影を辿る③―西光寺前

Saikouji1

 かつての鉄路跡が、現在は道路になっていると勘違いしてはいけないことは前回紹介した通り。見付の西光寺前でも、道ではないところに線路は敷かれ、その跡地も道にはなっていません。

Saikouji2

 西光寺南で、かつての鉄路は今は民家の庭になってはいましたが、側溝は道から左へカーブするように逸れて西光寺の前を通り、北では家と家との細い間がかつての鉄路の跡のようです。

 「新中泉」駅を出た電車は、田の広がる沼地だった今之浦から少し高い磐田原台地の縁を走り、「遠州見付」駅から先も台地の最上部には上がりません。それは、この後、田んぼの中に造られた豊田町の「加茂東」駅まで気賀坂を下らなければならないため。

Saikouji3

 大正15年(1926)4月に光明電気鉄道の起工式が行われ、測量はコースを決めるだけはなく、高低差も計り、ある場所では高さを削り、またある所では堤を築き工事は進みました。「田川」駅までの工事が完了して開業するまでの期間は約2年半。しかも、電車ですから架線を設置し、電気を引かなくてはなりません。

 当時は、まだ電気の配電供給が始まったばかり。天龍電力が川瀬発電所を完成されたのは明治41年(1908)11月。大正11年(1922)には早川電力、さらに同14年(1925)には東京電燈に吸収合併されましたので、光明電鉄に電力を供給した当時は東京電燈だったことになります。

 磐田市歴史文書館企画展「光明電気鉄道の消長」(7月4日~8月26日、竜洋支所2階)。

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 ◇「光明電気鉄道歌留多」PDF版をダウンロード!

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名古屋城木造復元 「天竜材売り込む」 浜松市長が意向

 浜松市の鈴木康友市長は29日の定例記者会見で、木造による復元が予定される名古屋市の名古屋城天守閣について、「良質なヒノキ材が大量に必要と聞いており、天竜の木材を売り込む大きなチャンス」と述べ、天竜産の国産認証材をトップセールスする意向を示した。

 名古屋城天守閣の復元を巡っては、当初、河村たかし名古屋市長が2020年7月までの完成を掲げて市議会と対立。河村市長が議会側と協調し、27年を完成目標とすることで一致したため、今後、復元に向けて具体的に前進する見通し。

 浜松市は、森林環境保全の国際認証を所得した「FSC材」の森林面積が約43,000ヘクタールと、市町村では全国一。鈴木市長は「天竜の木材は強度もあり、天守閣復元に活用してもらえる。河村市長や業者にしっかり営業していきたい」と話した。

 また、英国の欧州連合(EU)離脱を巡る一連の動きに関して鈴木市長は、急激に円高が進んだことについて、「市内には輸出企業が多いため、動向を注視する」と懸念を述べた。(「中日新聞」より)

 名古屋城に天竜材―夢が広がる話題です。おおいに進めてください!

梅雨晴れの奥三河を訪ねて⑩―日本の地質百選

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 鳳来寺山は標高695メートルの火山の名残りとも言える山。声の仏法僧(ブッポウソウ)=コノハズクが棲息していることでも知られ、「国指定名勝」「天然記念物」のほか「日本の地質百選」にも指定されています。

Sando2

 地質的に言えば、山体の底部は砂岩、泥岩の海成層であり、主要な山体は流紋岩・松脂岩・石英安山岩など。参道の石段はこれらの岩石を並べて造られていますので、1歩1歩が地質調査のようなもの。

Kuhi

 本堂までの1425段を数えるつもりでしたが、そんな「つもり」はいつの間にかどこへやら。

 左手に見えるのは、「夜鷹鳴くを止めよ佛法僧の邪魔」はホトトギス同人加藤猿子の句碑。参道には、こんな句碑や歌碑が次々と現れます。

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薬用植物が野生化したキササゲの花

Kisasage

 中国原産のキササゲが花を咲かせていました。

 薬用植物として、日本に入って来たのはかなり古い時代だったとのこと。しかし、三輪家の薬箱にキササゲを示す生薬名「梓実(しじつ)」「梓白皮(しはくひ)」は見当たりません。

 キササゲの果実や根の皮は、利尿薬として利用されたようです。

 ◇三輪医家に伝わる薬箱.PDF版をダウンロード

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2016年6月29日 (水)

梅雨晴れの奥三河を訪ねて⑨―赤紫と白色のホタルブクロとホタルガ

 鳳来寺石段参道の手前に、赤紫と白色のホタルブクロが咲いていました。ホタルブクロの花の色は関東では赤紫が、関西では白が多いとのこと。ちょうどその中間には、両方が混在しているようです。

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Hotaruga

 ホタルブクロ(蛍袋)の名は、子どもたちが花の中にホタルを入れて口を閉じて遊んだことから。ちょうどホタルの季節に花を咲かせます。

 そんな季節に林縁を飛び回っている蛾はホタルガ(蛍蛾)。ホタルガがホタルに似せているのか、ホタルがホタルガに似せているのかは分かりませんが、大きさはともかく、お互いに擬態しているようです。

 さて、この先から1425段の長~い石段が始まります。

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うるさいコバエには蝿毒草

Haedokuso

 以前みたいに大きなイエバエを見ることは減りましたが、生ごみバケツ付近ではコバエがうるさくって。「五月蝿」と書いて「うるさい」。6月もあと少しで終わりですが、コバエ撃退商品があまり効かなくって。

 ここは一つ、ハエドクソウに登場いただくしかないのかも知れません。根の絞り汁を煮つめて蝿捕り紙を作ったことから「蝿毒草」。つまり有毒です。

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光明電気鉄道の面影を辿る②―磐田農高前

Shinnakaizumi

 光明電気鉄道の遺構を訪ねるには、当時の地図を元にするのが一番。しかし、昭和3年(1928)11月に開業した鉄道は、同14年(1939)4月には廃業解散してしまいましたので、当時の鉄路を辿るのは簡単ではありません。

Noukoumae

 地図上の鉄路を現在の道路に当てはめてみたくはなりますが、実はそれが勘違いの元。磐田農業高校の東を北上していたのには違いないようですが、かつての鉄路跡は現在の道路ではなく住宅が立つ一段高い所とのこと。

Kamogawa

 その先、現在の加茂川交差点南にあったのは「遠州見付」駅。軌間1067ミリのレールが敷かれていたのは道路東側の住宅地。さらに東には駅舎と車庫があったそうです。

 磐田市歴史文書館企画展「光明電気鉄道の消長」(7月4日~8月26日、竜洋支所2階)。

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2016年6月28日 (火)

喜長翁の地元愛を学んだ 二俣小児童が子孫の袴田さん訪問

Hakamata

 江戸時代に私財を投じ、現在の浜松市天竜区の二俣川を改修した袴田喜長(よしなが)翁(1716~91年)について学ぶため、二俣小学校の2年生49人が27日、子孫の袴田国博さん(44)=二俣町=を訪ね、話を聞いた。

 喜長翁は旧二俣村の名主の家に生まれた。当時、村を流れる二俣川は大雨のたびに氾濫し住民を悩ませた。天竜川へと真っすぐに流れを変える大工事は、1791年まで25年続いた。喜長翁はその完成に尽力した。

 袴田さんは、喜長翁が私財をなげうったのは、おおもとに家族や地域、仲間への愛情があったからだと説明。「皆さんにも先祖がいる。喜長翁を知ることで皆さんも自分の先祖を敬い、地域を思い、人に優しくしてもらえたら」と語りかけた。

 児童は熱心にメモを取っていた。地元への理解を深める生活科の授業の一環で、ほかに地元の老舗旅館、清瀧(せいりゅう)寺も訪れた。(「中日新聞」より)

 郷土の偉人・袴田喜長翁について、目に見える地域の歴史とともに学習できたと思います。

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