だいすき 北遠

  • だいすき!佐久間

    だいすき!春野

    だいすき!水窪

    だいすき!龍山

    だいすき!天竜

サーチ・検索

« 残暑お見舞い①―県立森林公園のシラタマホシクサ | メイン | 北遠の自然を楽しむ阿蔵ウォーキング①―キツネノカミソリとキツネノマゴ »

2012年9月 4日 (火)

風が揺らすブランコ―旧藤平小学校阿寺分校跡

Aterabunko  落合での出会いから東阿多古川を遡った山間集落、阿寺(あてら)の地名の由来には、諸説があります。

 よく知られているのは、山形県の左沢(あてらざわ)。江戸時代の「出羽国風土略記」には、最上川を基準にして「あちらの沢」「こちらの沢」といったことから「あちらの沢=あてらざわ」になったという説。「アテ」とは「档(アテ=あすなろ)の木」で、それに接尾語がついたとする説。アイヌ語の「ア(支流の)」「テイラ(森林のある低地)」が訛ったとする説。日当たりが悪い場所のことを「ア・テラ」と呼ぶとする説。

 近くには、「阿寺の七滝」で知られる、愛知県新城市の阿寺もありますが、北遠の阿寺については、そのいずれも当たっていないような気がします。

 そんな阿寺の集会所となっている場所は、かつての天竜市立藤平小学校阿寺分校の跡地。西側に桜の古木が並び、木製のベンチが。かつては子どもたちが遊んだブランコが、吹き上がる風に揺れています。

 明治17年(1884)9月、藤平学校阿寺分校として開校し、同21年(1888)の藤平尋常小学校阿寺分校を経て、昭和37年(1962)、藤平小学校へと統合。その伝統は、同39年(1964)4月からは上阿多古小学校へと引き継がれています。

 【関連記事】旧「石神小学校」に建つ金次郎像
 【関連記事】懐山集落と「二宮尊徳先生幼時之像」
 【関連記事】「熊尋常髙等小學校」の古い絵葉書と金次郎像

コメント

コメントを投稿

天竜川・そまびとの会

天気予報