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2011年5月21日 (土)

「熊尋常髙等小學校」の古い絵葉書と金次郎像

Kumasyo4  小規模小学校が次々と廃校・統合へと追い込まれている中、総児童数13人でも元気もりもりの「熊小学校」を訪れてみました。現在の校舎は鉄筋コンクリート3階建てですが・・・

 磐田の佐口行正氏からお借りし、すでにフォトアルバム『絵葉書で振り返る北遠』で紹介している古い絵葉書をご覧になったことがありますか?「全景」「右新築校舎」「正面」「新築校舎作法室」の4枚。すべてに「熊尋常髙等小學校 昭和二年十一月三日」「落成式記念」の記念スタンプが押されていることから、発行の日付が特定でき、昭和2年(1927)11月3日―この日に「熊尋常髙等小學校」のかつての新築校舎が竣工したことが分かります。

 現在の浜松市立熊小学校に、当時の面影が残るのは、校門横に立つ二宮金次郎像くらいでしょうか?台座には「報徳精神」の金属板が嵌め込まれてはいるのですが、金次郎は石製です。

 台座裏には「昭和九年六月寄附建設 熊村報徳社」の文字が浮き彫りにされた銘板が嵌め込まれているのですが、これも金属製。

 農村復興を掲げた二宮尊徳の「報徳思想」の啓発のために始まった報徳運動の高まりは、明治31年(1898)「遠江国報徳社」を設立。報徳運動が特に盛んだった熊地域において、昭和9年(1934)に青銅製の金次郎像が、小学校の校門脇に建立されたのでしょう。

 しかし、その金次郎像もやむなく戦時供出され、戦後と思われる時期に石により再建されたというよく聞かれるストーリーが、熊の金次郎にも起きていたようです。

 それにしても、金次郎像には北遠の山里に似合っています。

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 ●私たちが子どもの頃、どこの小学校にでも見られた「二宮金次郎像」・・・
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