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2009年1月11日 (日)

山里の青空が似合う「金次郎像」

Kinjiro  私たちが子どもの頃、どこの小学校にでも見られた「二宮金次郎像」。戦前に創立した小学校ならば、まずほとんどどこにでも、背に薪や柴を背負って本を読む姿があったはずです。

 二宮尊徳の幼名が「金次郎」―農家に生れ、地位も財産もない土百姓の家に育ち、あらゆる苦しみがあったにもかかわらず勉学に励み、社会に尽くした金次郎は、「勤勉」や「努力」を大切に考えた当時の教育には、なくてはならない存在でした。

 Kinjiro_2 とかく「軍国主義」と結びつけて考えられがちな金次郎ですが、修身の教科書に載っていた程度で、実際にはまったく関係ありません。敗戦のあと、GHQは学校に配布されていた天皇・皇后の御真影をすぐに取り払らいましたが、「二宮金次郎像」は破壊しませんでした。

 ところが、小学校の移転や再建、統廃合により、「二宮金次郎像」はその数を減らしています。「本を読みながら歩くなんて、トンデモナイ!交通事故にでも遭ったらどうするの?」などと、肩身の狭い思いをしている金次郎は、北遠の児童を見守って、今でも校庭のすみに佇んでいました。

 背中に背負った薪や柴が、山里の青い空によく似合います。

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